こんにちは、アリアです。
今日も新ブログに来ていただいて、ありがとうございます!
先日のファスティングの後から、エネルギーの変化が続いています。
変化や変容のプロセスにおいて、「玉ねぎの皮をむくように」と表現されることがありますが、この度は1枚ずつではなくて、一気に3~5枚むきのような勢い。
それに伴って、電化製品はまたもや誤作動の連続。
PCも、今日は画面が出てきてくれてよかった。
予備のタブレットでは、少々書きにくので。
さて、今日は石の話し、鉱物、クリスタルの話し。
「石は意志(意思)を持っている」と言われることがありますね。
お気に入りだったのに、失くなったり、壊れたりした時に、その原因は持ち主の過失というよりも、石自体にあるという。
石が持ち主を守るために。今の持ち主の今の波動と合わなくなったために。次元を超えたために、etc
そもそも、石は、同じ種類や同じ産地に共通した意識と波動を分け合っていて、集合体です。(と私は捉えています。)
ですので、その個体に個別の意志(意思)があるのではないのだけれど、中には、個別の意識を感じさせるものもあります。
より、主体的なエネルギーというか、主体性を感じさせる周波数。
そういった主体性を感じさせるものとは、誰かの強い感情や思考などで、石はそれらを載せやすい。
纏いやすい、といった方が分かりやすいかも。
石に精霊が宿る、というのも、精霊・スピリットが何であるか?という話に行き着くんだろうけど、
精霊・スピリット、人間の魂のようなある種の意識体は、固定されたものに(物質)に入る(同調する)ことで、この世界に密度を持った体を成します。
<あるレベルから観ると>
前置はこの位にして。
私もね、石に意志(意思)があるな、消えたりするな、という出来事が時々ありますよ。
先日のこと、5年越しで謎が解けた石、その話を書きます。
5年ほど前に、ある方からのオーダーを頂いて、石のアクセサリーをお作りしたことがあったのだよね。
信頼していた方からのご依頼だったこともあり、私にとって特別な石を使うことに。
でも、結論から言えば、その方はその石のアクセサリーを受け取らず、二転三転の後、私の手元に残ったのでした。
心を込めてお作りしたので、その時はとてもショックで。
普段お仕事関連は他人には口外しないのですが、当時の友人達にはその経緯を話したこともあるくらい、私にとっては結構なトラウマだった。
それ以来、ものつくりや石を譲渡する時には、毎回そのキズがちらっと顔を出してきた。
好きで、楽しくてやっているのに、ふとした時にキズが浮かんでくるというか。
そして今回ファスティングをしたら、いろんな浄化が起きているのだけれど、
そのトラウマも浮上してきたわけ。
そこで、ミカエルやラファエル、2人のマリア達とセルフヒーリングをしたところ、こんなことが分かった。
「あの石は、何処にも行きたくなかった、ここにずっと居たかった。
だから、他の方に引き取られなかったのであって、それは石の意志で行かなかったのだ」
と!
そして、「あの方はそうは言わなかったから。心変わりをしてそれに傷ついたと、勝手に自分が思っていた」のだと!
そういえば、石をアクセサリーにするとき、なかなか思ったようにワイヤーが巻けなかったり、手元からずり落ちたりしていたのだよね。
それは、ここに居たい!がための石の主張だったのだ。
いつもは石の意志(意思)や石の話しを聴くようにしているのだけれど、でも当時は、「これを持っていて欲しいな」という個人的な願望が優勢になっていて、聴くことをしていなかったかもしれない。
良かれと、自我を優先していたのだよね。
ここまでが一瞬で入ってきたら、ミカエルは静かに私のジャッジメント(=相手が心変わりをして、自分は傷ついた)を回収した。ラファエルは癒しのマントで包み、マリア達は慈愛の光を胸にくれた。
余談ですが、この後に、肉体のエネルギーやオーラに変化がありました。
後日、ファスティングの記録や好転反応の話しに書きます。
本題に戻ると。
石の意志(意思)らしきものは、やはりあるのです。
意志(意思)と呼ぶか、思いの波動・周波数と呼ぶか、どちらでもいいと思いますが、
それらの周波数が合う場所に存在できる。
私のところに居たいといった石は、なんらかの理由でこの場所の波動・周波数が良かったんでしょうね。
石達は、存在できるスペースに現れて、あるいは
存在するスペースを自ら選んでいるのかもしれないですね。
今日も最後までありがとうございます!